

豊臣秀吉や大阪城の歴史について学んだ証(あかし)

草履(ぞうり)を、ちょうどいい温度(おんど)にあたためることができる力だ。寒い朝でも、履(は)いたしゅんかんに足がぽかぽか!気づかいの天才として、戦国武将(せんごくぶしょう)にも気に入られるかもしれないぞ!……ただし、今はぞうりよりスニーカーの時代。





農民から天下人になったなんて秀吉(ひでよし)ってすごいな~

頭がよく、機転(きてん)がきくってイメージあるよな。信長(のぶなが)からのむちゃぶりにもいろいろこたえてたみたいやし。『山の木の本数を数えろ』ってめいれいされた話は有名やなぁ

そんなの多すぎて数えられなくない!?

みんなこまったらしいんやけど、秀吉(ひでよし)はちがったんや…

え、でも1本1本数えてたらとちゅうでまちがえるよね

せやからちがう方法(ほうほう)をとったんや。秀吉(ひでよし)はまず、ある数のひもを用意して、部下にめいれいして全部の木にひもをくくりつけたんや

それで?

元々用意していたひもの本数からあまったひもの本数を引いた

あっ、そうか! それで木にくくりつけたひもの本数がわかるんだ!

せや。たとえば、1000本のひもを用意していたとして、200本のひもがあまっていたとしたら、1000-200=800(本)のひもを使ったことになるから、木は全部で800本というわけや

頭いい~! そういえば、さっき清洲城(きよすじょう)の工事や太閤検地(たいこうけんち)についてのかいせつも見たけど、あれも職人(しょくにん)たちをグループに分けたり、土地の面積(めんせき)をはかったりするのに算数を使っているよね。ふうちゃんも算数をうまく使いこなせれば天下も夢(ゆめ)じゃないってこと…!?

アハハッ! そうかもな!


大阪城(おおさかじょう)の石垣(いしがき)にはものすごい数の石が使われていたよね。豊臣秀吉(とよとみひでよし)はそんなたくさんの石をどこから集めたと思うか、考えてみてね。

戦国時代(せんごくじだい)には、もちろんクレーンやトラックはありません。そんな時代に、人々はどうやって石を運んだのかな、調べてみてね。

豊臣秀吉(とよとみひでよし)は石をたくさん使って高い石垣(いしがき)をつくり、このみの金色でお城(しろ)をかざりました。
もし、みなさんが、お城(しろ)をつくるとしたら、どんなざいりょうを使ってどんなお城(しろ)にしたいか、アイデアを教えてね。

戦国時代(せんごくじだい)に天下統一(てんかとういつ)をなしとげた人物が豊臣秀吉(とよとみひでよし)だったことがわかったよね。
そんなかれはどんな家の生まれだったのか、教えてね。

豊臣秀吉(とよとみひでよし)がさまざまなところから石を集めて石垣(いしがき)をつみ、大阪城(おおさかじょう)をつくったことがわかったよね。でも、かれはなんで大阪(おおさか)にお城(しろ)をつくったんだろう、そのりゆうを考えて、説明(せつめい)してね。

もしみんなが、日本の中心になるお城(しろ)をつくるとしたら、どこにつくりたいかな?
その場所をえらんだりゆうもいっしょに説明(せつめい)してね。たとえば、人や物が集まりやすい場所か、守りやすい場所か、交通がべんりな場所かなどを考えてみよう。