【第1回】紋章上繪師・波戸場承龍先生に聞く家紋デザインの魅力

「紋章上絵師」 ってどんな仕事なのでしょうか。

こんにちは。manavi編集部です。

新しい賢者の先生のご紹介をいたします。

今回からお話を伺うのは、 「紋章上繪師(もんしょううわえし)」の波戸場承龍先生です。

「紋章上繪師」 は墨を用いて着物に家紋を手描きで入れる職人で、現在では人数が少なくなってしまった貴重な技術者です。

お仕事でメインに使われているのは、「竹製のコンパス」「定規」など、一見お子様でも知っているような身近で素朴な道具。それらを巧みに操りながら、円と線というシンプルな図形を組み合わせ、複雑で美しい家紋を作り出していきます。その正確さ、細かさはまさに「職人技」です。

そして波戸場先生はその技術や経験を活かした「デザイナー」としてもご活躍されています。

「紋曼荼羅」の手法で描いた作品:波戸場先生提供

NHK Eテレの『デザインあ』 にもご出演しておられ、「テレビで作品を見た!」という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

上繪師のお仕事では、古くから使われている道具を駆使する一方、デザインのお仕事ではPCに向かい、CGを変幻自在に使ったデジタルワークをされています。

そんな「伝統」と「最新」の技術を駆使する波戸場先生の技はどのようにして培われてきたのでしょうか。連載を通して、「家紋から得られる学び」や「デザイナーになるために求められる学び」に迫っていけたらと思います。

第1回目の今回は、波戸場先生の現在の活動についてお聞きし、「そもそも家紋とは何か」や「 紋章上繪師・デザイナーとしての仕事内容 」についてまとめていきます。

それでは波戸場先生、よろしくお願いいたします。

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「家紋」ってそもそも何だろう?

“家紋をデザインするお仕事”と聞いても、家紋自体にピンと来ないお子様も多いかもしれませんね。

大きなお屋敷の門や屋根付近に記されていたり、もう少し身近なところでは、お墓参りの際に、墓石に記されていたりするのを見かける機会があるかと思います。

また、インタビュアーの私は時代劇の「水戸黄門」を思い出します。

「この”紋所”が目に入らぬか!」と、 「三つ葉葵」が施された印籠を悪人たちに見せつけるシーンが印象的ですよね。

家紋のイメージを思い出したところで、どのような歴史や特徴をもっているのかをお聞きしましょう。

今、ご自身の家紋を知らないという方も多いと思います。子どもたちに、家紋の役割、そのデザインの特徴など、簡単に教えていただけますでしょうか。

平安時代の終わり頃、公家(貴族)は、名字を持つようになります。公家の古いしきたりや先例を大切にする考えが、先祖の好んでいた文様を家の印として用いたのが家紋の始まりだとされています。

最初はステータスシンボルとして使われていた家紋ですが、その家紋にはさまざまな想いが込められていました。

当時は情報が限られていて、医療技術も進歩していなかったので、災いや魔物から身を守る為に魔除けとして用いたり、家を途絶えさせない為に長寿や繁栄の象徴になる図柄を家紋にして用いました。

また、家紋は、歌を詠み花鳥風月を愛で、美しい装束を身にまとい、自然を観察し美しい形を追い求めた平安貴族の生活の中から生まれました。牡丹、藤、桐、竜胆(りんどう)と植物が一番多いのはその為です。

代表的な家紋:波戸場先生提供

鎌倉時代になると公家のガードマンだった武家が、戦場での目印として旗に紋を入れたりし(旗指物)、敵と味方を判別するために使われるようになりました。

公家の家紋は優美なデザインが多いのに対し、武家の家紋は実用性から生まれたため、シンプルな形が多いのが特徴です。

戦乱の世が終わり、平和な江戸時代になると、家紋が諸大名の印として格式化され、権威の象徴としても用いられるようになりました。

大名や家臣たちは礼服として家紋が入った裃(かみしも:肩が大きく張った独特の形の上衣と袴(はかま)がセットになった武士の正装)を着るようになり、家紋に儀礼的な意味合いも加わりました。

裃(かみしも)と家紋の写真:波戸場先生提供

また、江戸時代、名字を名乗ることを禁止された庶民が、名字の代わりに自分を表すものとして家紋を用いるようになると、家紋は爆発的に全国に広がりました。

こうしてどの家にも家紋があるという日本独特の文化が出来上がったのです。

海外では紋章は貴族だけが持つ場合が多く、日本の家紋文化はとても珍しいと言われています。

日本の自然や歴史とも関連深い「独特の文化」なのですね!

家紋は公家の「先祖を大切に想う気持ち」から始まり、武士、さらには江戸の庶民にまで、時代の流れとともに日本人に広く浸透してきたということでした。

また、家紋の用途が時代によって変化し、作られた時代によって形に特徴があるというお話も興味深いです。

皆様のご家庭に伝わる家紋も、特徴や由来を調べていくことで「先祖にはどんな人がいたのかなぁ」 「こんな時代背景で作られたのかなぁ」 とお子様の歴史の勉強のきっかけになるかもしれませんね。

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家紋の「粋」を再現する

次の質問は 「 紋章上繪師 」 としてのご活動について、お聞きしたいと思います。

家紋を復刻するだけではなく、新しくデザインをしなおすことの面白さは、どんなところにありますか?

家紋は、それぞれの時代でデザインが異なったり、モチーフの構成や変形のパターンがあります。それを読み解き、家紋らしさを残しつつ、新しい家紋を作るのが僕らの挑戦であり面白さです。

家紋の凄さのひとつは、1000年前にデザインされた紋が現在でも現役で使われていることです。波戸場家の家紋は、「丸に片喰」ですが公家の冷泉家、武家の長宗我部氏も片喰がモチーフになっています。

現在、家紋の正確な数は定かではないのですが、5万種類はあると考えられます。その一つ一つが、日本らしいデザインの宝庫であり、美しい遊び心いっぱいのデザインばかりです。

紋帳の写真:波戸場先生提供

家紋らしさを説明するのはとても難しいのですが、古くから伝わってきた美しさの基本を継承しつつ、丸に収めるという制約の中で遊ぶという日本の粋を現代に伝えることが僕らに課せられた役割だと思っています。

紋帳(見本となる紋を集めて掲載されている本)の中にあっても、違和感のない形を作るのが目標です。

また、家紋の面白さを一人でも多くの方に知っていただきたいと、従来の家紋表現の伝統を打ち破り、現代のライフスタイルに合わせて、例えば家紋を大きく壁にデザインしたり、複数の家紋を組み合わせたり、動く家紋の映像を制作したりと、家紋そのもののデザイン以外に、家紋を使ったさまざまなデザイン活動を行っています。

家紋を作るために、楽しみながら行ってきた「家紋らしさの追求」が、新しいデザインづくりにも活きているんですね!

先生がおっしゃられた「 丸に収めるという制約の中で遊ぶ 」という言葉に、家紋の魅力が詰まっていると感じました。

そんな魅力を継承していくために、 5万種類を超える家紋と向き合い、研究を重ねてきたことが「伝統を継承しつつ打ち破る」という波戸場先生のデザイン活動の礎になっているのですね。

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こんなところにも!存在感を放つ家紋アート

第1回の最後の質問は、波戸場先生のアート作品についてお聞きしたいと思います。

実際に、作品はどのようなところに使われていますか?

日本橋にあるアートアクアリウム美術館では、金魚鉢に入った土佐金をデザインした紋がグッズや館内装飾など至る所に使われています。

波戸場先生提供

また、 日本橋COREDO室町1・2・3や室町テラスの入口の大暖簾の紋もデザインしました。

商品に落とし込んだ紋(ロゴ)としては、クリネックス至高シリーズの「極」のティッシュボックスがあります。「極」の字を紋風にデザインし、パッケージに施した家紋も監修しました。

波戸場先生提供

企業やイベントのロゴを頼まれることはとても多いです。頼まれた紋が商品に使われることもあれば、家紋を使った商品のデザインを依頼されることもあります。

家紋の入った風呂敷、手拭い、印半纏(お祭りの時に見られるはっぴ、はんてん)、暖簾、名刺、缶バッチ、グラス、Tシャツ、合財袋などさまざまな商品にどのように家紋を入れたらカッコよくなるかを考え、デザインしています。

面白いところでは、イタリアブランドのバッグ、ドイツジュエリーのリングとバングル、世界的ファッションブランドのジャケットやパンツなどにも家紋デザインを提供してきました。

波戸場先生提供

また最近では空間グラフィックデザインを頼まれることもあり、上野のNOHGA HOTELでは、ホテル内の装飾として2mほどの家紋ボード、カードキー、そして家紋の描き方から生み出したオリジナルの技法「紋曼荼羅(もんまんだら)」で描いたアート作品やドライヤーバックなどをデザインしました。

このホテルでは、家紋デザインで培ったミニマムなデザインセンスが買われ、ホテル内のサインや避難経路図も手掛けさせていただきました。

現在では、家紋デザイン、アート作品の制作、古地図のデザイン、商品パッケージなどさまざまなデザインに関わらせて頂いています。

波戸場先生提供

和服や装飾品以外にも、多岐に渡る分野でご活躍されているのですね!

元々は和服に入れていた家紋のデザインが、本当に色々な場所で活躍の場を広げていることに驚きました。そして、どれもオシャレでかっこいいです!

波戸場先生ご自身のYouTubeチャンネルでは、コンパスと定規で描く家紋の描き方について、簡略解説された動画を見ることができます。

→波戸場先生の YouTubeチャンネルはこちら

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学びのヒント

波戸場先生、ありがとうございました。

紋章上繪師・デザイナーとしてのご活動をお聞きしてきて感じる、「学びのヒント」としては以下のことが挙げられると思います。

ヒント

・日本の文化に関する歴史や由来を読み解こう

今回のインタビューで、作られた時代や使っていた人々によって家紋の特徴が異なる、というお話もありました。文化を理解するにあたって、歴史や由来という着眼点を持つことはとても大切なことに感じます。

よくよく注意してみれば、私たちの身のまわりにも、家紋のような「日本独特の文化」が多く存在します。それらの歴史や由来を調べるのは、お子様の見聞を深める良い機会になるのではないでしょうか。

「あ、これは日本ぽい!」と思ったものでも、由来を調べたら案外歴史が浅かったり、海外発祥だったり… 歴史の教科書や参考書を片手に、親子で「文化ができた時代当てゲーム」のような楽しみ方もあるかもしれません。

お子様が気になったものに対して、「じゃあこれを勉強しなさい」と、保護者の皆様が強引に学びに持っていくことはおすすめできませんが、「昔はこうだったんだよ」や「こんな人が作ったんだね」といった会話から、「もっと知りたい!調べたい!」という自然な学習意欲を引き出せたらいいですよね。

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manaviおすすめの本

今回の記事に関連したおすすめの書籍をご紹介させていただきます。

関連書籍

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★歴史に登場する人物や現代の著名な人物を取り上げ,その人物に関連する歴史上の重要なできごとを解説した人物・できごと事典です。

★それぞれの人物が行った偉業やその他のエピソードを,4コママンガやイラストや年表などをまじえて紹介しています。また,その人物が発した名言を解説しています。教科書で学ぶ内容だけでなく,歴史への興味・関心に応えられるように内容を厳選しています。

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日本史の勉強に必須の、「歴史の重要人物」について詳しく書かれた
『歴史人物・できごと新事典』をオススメさせていただきました。

人物が活躍した時代背景やエピソードについてはもちろん、「ライバル」「親しい」といった相関関係や家系図などが分かりやすくまとまっています。

「家紋」をきっかけに、歴史や家柄に興味を持たれたお子様の、調べ学習にも頼もしい一冊です。 この本とともに、家紋をはじめとする日本の文化が「いつ、どんな人々によって作られたのか」をイメージしていただければ、と思います。書店で見かけたら、是非手にとってみてくださいね。

今回の賢者

波戸場 承龍

着物に家紋を手で描き入れる紋章上繪師としての技術を継承する一方、家紋の魅力を新しい形で表現するアート作品を制作。
紋章上繪師ならではの「紋曼荼羅®」というオリジナル技法を生み出し、家紋やロゴデザインの域を超えて、森羅万象を描き出す職人兼デザイナー。

著書『紋の辞典』『誰でもできる コンパスと定規で描く「紋」 UWAEMON』

波戸場先生の詳しい情報はこちらから

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