美しい「紋曼荼羅」は、どのようにして生まれたのでしょうか。
こんにちは。manavi編集部です。
今週でいよいよ「紋章上繪師(もんしょううわえし)」の波戸場承龍先生へのインタビューも最終回になります。
前回の記事では、 デザイナーに求められる力や、デザインの勉強におすすめの書籍についてお話しいただきました。
今回は、 上繪師やデザイナーのお仕事に関わり深い3つのトピックについてお聞きしていきます。
それでは波戸場先生、今週もよろしくお願いいたします。
最初のトピックは「道具」について。
職人の技術には洗練された道具のイメージがありますが、波戸場先生の仕事道具にはどのようなものがあるのでしょうか。
お仕事に使われる道具について教えてください。
上絵の道具は、上絵筆、直線を引くために使うガラス棒と溝引き定規、円を描くための分廻し(竹製のコンパス)、そして硯と墨の6つの道具になります。
本来、家紋は小さな円の中に描くので、繊細な線が求められます。上絵筆と言われる細い筆を分廻しに付けて、コンパスのように動かしながら曲線を描くのですが、最初はなかなか同じ太さの線が描けません。
竹のしなりを利用して微妙なズレを手先で調整できるようになるまで練習を重ねていくと、次第に道具が自分のものになっていき、複雑な線も同じ太さで楽に描けるようになります。
上絵に使う道具:波戸場先生提供
このように、以前は墨や筆、分廻しといった道具を使って手描きで家紋を描く職人だった訳ですが、11年前、ある依頼をきっかけにMacを導入し、上絵道具をマウスに持ち替えて、紋を描く挑戦が始まりました。
Illustratorというソフトの正円ツールと直線ツールだけで紋を描けた時、それはまさに今まで培ってきた円の感覚がデジタルと融合した瞬間でした。
それまでの30年間、毎日、分廻しを使って紋を描いていましたから、デジタルになっても、思い描く曲線を作るためには、どこに中心点をおき、どのぐらいの大きさの円をどう組み合わせれば良いかが感覚的に分かったのです。
その上、必要な部分だけを描く手描きの時には表すことのなかった分廻しの軌跡が、デジタルで描くと可視化され、円が何重にも重なり合う作品が生まれました。
「紋曼荼羅」の手法で描いた「鶴亀」:波戸場先生提供
手描きとはまた違う美しさと広がりを感じさせる不思議な世界観があり、曼荼羅のように見えたので「紋曼荼羅」と名付けました。
最近では、この円の軌跡を残した「紋曼荼羅」のロゴ制作やデザインの依頼が増え、仕事があらゆる分野に広がっていっています。
上繪師として長年培ってきた技術が、デジタルグラフィックデザインソフトという新たな道具と融合したことで、「紋曼荼羅」が生まれたのですね!
「分廻しの竹のしなり」さえも把握して調整できるところに、先生の道具への理解と紋章上繪師の技術の高さがうかがえます。
そして、波戸場先生のデザイン手法「 紋曼荼羅 」は、 作図の際の先生の頭の中のイメージが、デジタルソフトによって可視化されたということでした。先生には潜在的にこれが見えているのか!という驚きと、思い切ってデジタルで表現しようという発想にも感心させられますね。
上繪師の技術が6つの道具の使い込みに支えられているように、また、デジタル技術との融合によって「 紋曼荼羅 」が誕生したように、道具によって表現が可能になり、表現の幅を広げてくれるのもまた道具ということでしょうか。「道具の使い込み」 と「道具選び」の重要性に、改めて気づかされました。
お仕事の道具で出てきた「分廻し」ですが、お子様は「算数の時間で扱ったコンパス」を連想されるのではないでしょうか。
また第2回の記事では、紋には数学的な理論が隠されていることをお話いただきましたね。
今回2つ目のトピックは、日本の伝統的な数学である「和算」について先生に解説していただきましょう。
先生は和算にも造詣が深いとお聞きしました。和算について、簡単にご説明いただけますでしょうか。
和算とは、江戸時代から明治にかけて日本人が独自に研究、発展させた数学です。当時、そのレベルは極めて高く、世界最高水準でした。
解き方の美しさや楽しさも和算の特徴なのですね!
家紋らしさのひとつに「 丸に収めるという制約の中で遊ぶ 」がありましたが、和算にもまた「問題の面白さ・解き方の美しさを楽しむ」「教養・娯楽として伝え合う」という日本らしい美意識があり、「粋」を感じる文化ですよね。
第2回の記事では楽しむ気持ちを持ち続けることの重要性を語っていただきましたが、和算の発展にも数学の美しさ、楽しさを追求する江戸の人々の姿勢を感じました。
さて、先生のお仕事の様子は、テレビ番組やYouTube等にアップロードされている動画・記事などでも視聴することができますので、皆様も是非ご覧になってください。
その中に、気になる活動「 紋切り」というのを見つけました。
今回3つ目のトピックとしてこの「紋切り」についてお聞きし、連載最後の質問としたいと思います。
切り絵などのワークショップもされていると伺っております。どのような取り組みなのか、教えてください。
着物で紋を手描きする上絵師の工程に、家紋の形をした型紙を彫る作業があります。家紋は対称形が多いので、通常は精度を保つために型紙を半分に1回だけ折って作成します。
この型紙作りを応用して、折り紙と鋏を使って家紋を切り抜く遊び「紋切形(もんきりがた)」が江戸時代に生まれました。
和算が流行していた江戸時代、正方形の折り紙を8回折るだけで中心を10分割する方法、6回折るだけで中心を6分割する方法が考え出され、その方法で折り畳んだ紙に予め用意した小さな型紙を貼り、その通りに切り抜くと、美しい紋の形が出来上がるという遊びが生まれたのです。
紋切り遊びは、江戸時代には寺子屋の教科書に載っていたり、昭和初期には学校の手工(現在の図工)の教科書で扱われていたり、小笠原流礼法の教本に「女子の嗜み」として教えられたりしていた、とてもクリエイティブな遊びです。
紋切形と作品:波戸場先生提供
最近は家紋を知らない人も多いので、私ども京源では、紋に親しんでもらうために、美しい図柄が出来上がるオリジナルの型紙を製作・販売し、ワークショプも行っています。
江戸時代から続く方法で折り畳んだ紙を鋏やカッターで切り、ゆっくり広げると現れる繊細で美しい図柄に、いつも感嘆の声が上がります。
小学生低学年から年配の方まで参加できるのですが、みなさん、夢中になって時間を忘れて作業してくれるのが嬉しいですね。
上絵の技術を応用した遊びなんですね。老若男女を問わず楽しめそうですね!
お話しいただいた「紋切遊び」は日本の伝統文化に触れつつ、幾何学の楽しさや奥深さを体感できそうです!ご家族で取り組むことができ、一緒に学ぶ機会になるというのも素晴らしいですよね。
2021年8月7日には、東京・日本橋COREDO室町テラスの『誠品生活日本橋』で、紋切形で切った紋を団扇に貼るワークショップが開催されます。ワークショップ情報について、詳しくは京源の公式サイト(kyogen-kamon.com)をご覧ください。
波戸場先生、全4回にわたってインタビューにお答えいただき、ありがとうございました。
インタビューを通して、 以下のような学びのヒントがあったと思います。
・解き方や考え方に楽しさを見つけよう
・「組み合わせ」で新しい価値を作ろう
今回話題になった和算のように、「美しさや楽しさの追求」は学びのモチベーションとして強く、持続性があるように思えます。
また、「紋曼荼羅」は上繪師の伝統技術とデジタルデザインという異なる技術の組み合わせによって誕生しました。教育界においても、「教科横断型」の考え方・学びの重要性が広まっています。
計算練習や漢字練習など、無味乾燥な作業になりがちな勉強も、例えば「時間内に何問解けるか」「覚えたい漢字を利用した熟語を調べられるだけ書き出してみる」など、時間や数の要素を組み合わせることで、楽しさを演出しつつ、問題を解くプロセスに再注目できる機会になるかもしれませんね。
ご家庭でも「解くプロセスの楽しさ」「組み合わせ」を意識した学びを実践してみてください。
今回の記事に関連したおすすめの書籍をご紹介させていただきます。
『考える力ドリル』シリーズ
★本文の表面には算数の「文章題(図形問題を含む)」,または国語の「読解問題」を掲載しているので, 算数や国語の応用力をこの一冊で身につけることができます。裏面は,パズル形式の問題になっているので, 楽しく取り組めて, 思考力を養うことができます。
★解説がとても詳しいので, 間違えた問題についてじっくりと理解を深めることができます。
算数や国語の文章題・読解といったオーソドックスな問題に加えて、パズルのような思考力が問われるような問題が掲載されている、『考える力ドリル』をご紹介させていただきました。
1冊を通してちょっとひねった問題を解く楽しさを感じつつ、問題を粘り強く・様々な角度で考える力(=思考力)を鍛えていただけたら、と思います。