【第4回】iPS細胞技術の未来をよりよいものへ。山中伸弥先生が考える科学技術で大切なこと

iPS細胞研究棟内4階のオープンラボの様子
目次





こんにちは。manavi編集部です。

引き続き、京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授の山中伸弥先生にお話を聞いていきます。

前回の記事では、未知の分野を切り拓いてきた山中先生の考え方や心構えに触れ、常識と思われているようなことでも鵜呑みにせず、自分なりに考えてみることが大切ではないかという話をお聞きしました。

失敗を新しい発見のヒントにするというポジティブな発想は、お子様だけでなくどんな人にも参考になるものであったと思います。

連載の最後となる今回は、山中先生とともにiPS細胞医療の未来を具現化しようとしているiPS細胞研究所やiPS細胞研究財団のメンバーのお話や、研究開発の先にどんな社会を描こうとしているのかについてお聞きしていきます。

それでは山中先生、よろしくお願いいたします。

©京都大学iPS細胞研究所 (iPS細胞研究所 研究棟外観)

iPS細胞の医療分野での応用に向けて

早速、所属メンバーの人たちのことを聞いてみましょう。

iPS細胞研究所やiPS細胞研究財団に所属するメンバーには、どんな方がいらっしゃるでしょうか。

iPS細胞研究所には、研究者、医者、技術員、各分野の専門家など、さまざまな才能がある人が集まり、私たちの目標である「iPS細胞をつかった医療応用」に向けてがんばって研究をしています。

研究支援体制にも力を入れており、知財、契約、広報、寄付集めの専門家が研究をサポートすることで、研究に集中できる環境がつくられています。

iPS細胞研究財団にも優秀な研究者や技術者、研究サポートスタッフがおり、製薬企業と大学の研究をつなぎ、iPS細胞の医療応用を1日も早く実現するために一生懸命に業務に取り組んでいています。

©京都大学iPS細胞研究所 (オープンラボで実験を行う様子)

本当にたくさんの人たちが研究に携わっているのですね!

各分野の専門家が結集してチームとなり、同じ目標に向かって連携している様子が伝わってきます。研究というと個々で行うイメージが強いかもしれませんが、実際にはさまざまな役割を担っている人たちが集まって推進していることがわかりますよね。

研究への関わり方は多様に存在しているということも見えてくるのではないでしょうか。

iPS細胞の進歩によってどんな未来に?

次に、iPS細胞の医療応用の実現で描く未来像をお聞きしていきます。

iPS細胞の研究開発の進歩によって、どんな社会になっていってほしいと願っておられますか。

iPS細胞技術により、未だに治療法のない病気を治る病気にしたいと思っています。そして、世界中の誰もがiPS細胞を使った治療を受けていただけるようになってほしいです。

現在、「健康寿命」は、「平均寿命」よりも10年程度短いというデータがあります。この10年間は介護や看護が必要となっています。iPS細胞技術をはじめとする科学技術が進展し、健康寿命が延びて、天寿を全うするまで、人々が仕事や趣味、スポーツなど自分の好きなことを楽しめる、そのような社会になることを願っています。

治らない病気が治るというだけでなく、健康寿命が延びるというのは気持ちがなんだか前向きになります。

高齢化社会が話題になるとき、学びなおしや生涯学習への注目が集まる一方で、介護への不安や負担がクローズアップされることもあります。

iPS細胞の技術がもたらす未来は、そのような不安や負担を和らげる可能性もあり、治療法だけにとどまらない社会への働きかけを秘めていると感じました。

科学技術は「諸刃の剣」?

ただ、それだけ影響力が大きいとなると、気をつけておかないといけないことがあるように思います。

その未来の実現のために、社会でみんなが考えていかないといけないことがあれば教えてください。

科学技術は諸刃の剣で、社会を良くして人々を幸せにする可能性もありますし、同時に、人類や地球を不幸にする可能性もあります。例えば、原子力は発電に利用され人類の発展に貢献していますが、同時に、核兵器にも利用されています。

我々は、一人でも多くの患者さんに貢献したいという一心で研究を進めておりますが、iPS細胞技術にも倫理的な課題があります。例えば、将来、iPS細胞から卵子や精子といった生殖細胞の作成が可能なった場合、どのように利用されるべきかなど、社会で議論する必要があるのです。

10年後、100年後が今よりもはるかに幸せになっているよう、みんなで科学技術の使い方を慎重に考えていかなければなりません。

どのように活用していくのか、一人一人が考える場面が出てくるということですね。

最近では生成AIへの議論が活発になっていますが、技術が急速に進歩して一気に身近になるということも考えられます。科学技術の世界に携わる人たちが考えていくことはもちろんですが、携わっていない人たちも世の中で起きていることにアンテナを張って、自分なりに考える習慣をつけておくことが大切だと感じました。

改めて、山中先生のお話にあった、物事を鵜呑みにせずに自分で確かめることや、考えて行動することの重要性を思い返しました。

アテンションエコノミーという言葉をよく耳にしますが、知らず知らずのうちに、関心のある情報や物事の良い側面だけに覆われている可能性もあります。過剰になりすぎるのはよくないですが、普段からお子様と自然な「なぜ?」「本当?」の会話ができるように、少し心がけておくとよいのかもしれませんね。

今回の賢者

山中 伸弥

京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授。公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団理事長、米国グラッドストーン研究所上席研究員兼務。
神戸大学医学部を卒業後、臨床研修医を経て大阪市立大学大学院博士課程修了(医学博士)。グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学教授、京都大学再生医科学研究所教授などを経て、2010年に京都大学iPS細胞研究所所長、2022年より現職。2006年にマウスの皮膚細胞から、2007年にはヒトの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞の作製に成功したことを報告し、2012年にノーベル生理学・医学賞受賞。

学びのヒント

山中先生、ありがとうございました。

今回のインタビューから、以下のような学びのヒントが得られたと思います。

ヒント

多面的に物事を見ることの大切さ

山中先生とのお話を通じて、iPS細胞の技術にはこんなにも人々が明るくなれる世界があるのかと驚いた一方で、使用する際に慎重さを欠いてしまうと、未来の世界のバランスが崩れてしまうかもしれない怖さのようなものも感じました。

お子様が生きていくこの先の未来も、世界はどんどん進化していき、映画やマンガの世界で見てきたことが実際に現実のものとなってくることはたくさんあると思います。

答えがない時代と聞くと不安が先に立ってしまうかもしれませんが、自分なりに納得した答えを導いていけるように、視野を広げいろいろな角度から考える機会をお子様とつくっていけるとよいのではないでしょうか。

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