受験研究社NEXT LEARNING Labs主任研究員の岡田です。
よく「出版社に研究所があるのですか?」と尋ねられるのですが、はい、ございます。主に大学・研究機関・他社さんとの共同研究をしております。
今日はその中でも、近畿大学総合社会学部・岡本健(おかもとたけし)教授の研究室との産学連携の取組みについて書きたいと思います。
最近、「産学連携」が話題になっています。
「産」とは産業界のことで、いわゆる会社や特定の社会活動をしている組織のことを指します。「学」は基本的には研究機関としての大学のことを指します。
この両者がお互いに持っている知識や人材・資産を持ち寄り、新たな開発を行うことを言うことが多いです。(これに政府機関や自治体などが連携する場合には「官」がついて、産官学連携となります。)
有名なところですと、青色LED技術を豊田合成と名古屋大学が共同で開発しました。弊社も理化学研究所AIPセンターと連携してAI技術による英作文の段階別自動評価システムを開発しています。
ところが、もう一つ「産学連携」のかたちがあります。
大学は「研究機関」という側面と「教育機関」という側面があります。上記の産学連携は研究機関としての大学がメインでしたが、もう一つの場合には「学生」が活動の主体になります。つまり、教育活動としての産学連携があるのです。
研究機関としての産学連携はまさに社会の中の「プロジェクト」を複数の機関が行うということです。一方、教育機関としての産学連携は「プロジェクト型学習」となるのです。つまり、教育の一環としてプロジェクトを実際に運用しながら学ぶのです。
さて、ではどのような学びがプロジェクト型学習では期待されるのでしょうか。
やはり、学生自らが自らの興味の範囲で「これが社会では課題になっているのではないだろうか?」と疑問が生じた時に、自らの思考の資料として、その関連する学術分野の権威の著作を読んだり、関連企業や組織に取材をしたりなどをしていきながら活動をすることでしょう。
世の中には数えきれない資料や活動があります。研究者も企業もキリがないくらい存在し、そこには有形無形のノウハウや知恵があるはずなのです。
学生自らが「何かをきっかけ」にして世の中全てを資料として参照し、自らの課題を解決するために、実は似たような課題感を持っている研究者や組織と一緒にプロジェクトを推進すること、本来はそれが「プロジェクト型学習」です。(ハードルを上げすぎたかもしれませんが。)
近畿大学は「実学」を掲げていますが、まさにこの「学生主体のプロジェクト活動」を推進している点にその特長があります。学内にはACTという施設があり、学生が有志で企業とのプロジェクトに参加することができます。
かなり前置きが長くなりましたが、これでこれからの活動は理解しやすくなったはずです。
近畿大学総合社会学部の岡本健先生は、観光学の立場から、アニメ聖地巡礼などの研究で有名です。一方、最近では「ゾンビ学」を確立し、ゾンビ研究の権威として知られています。
しかし、単にゾンビのコンテンツ(本・映画など)に詳しいだけではありません。ゾンビという存在が私たちの惹きつけるのはなぜなのか、なぜゾンビという存在はあらゆる文化で描かれてきたのか、など、ゾンビという切り口で我々の社会を紐解こうとされています。
つまり、一つの概念やキーワードを切り口に社会や文化のあり方、人間の心理のあり方について研究する可能性を拓こうとされています。
我々出版界では、「う○こドリル」がいきなり流行った時に、にわかに信じられなかったのですが、今やその存在は社会的に認知されています。一つのキャラクターが学びのあり方を(少し)変えてしまった好例でしょう。
岡本先生の研究室では、ゼミ生を中心に学生有志でゾンビ映画の研究をしています。文学で言うと「社会の中での女性の描かれ方」が立派な研究のテーマになるように、「ゾンビという存在の描かれ方」も研究テーマになるのです。
コロナ禍でも、研究が進んできたという点に注目してください。
DVDやブルーレイディスクの貸し借りが出来なくとも、今やオンデマンドでの配信もコンテンツが豊富です。StayHomeの期間だからこそ、一人一人がじっくりと映画について視聴できたとのことです。
また、各自の感想や気づきをオンライン会議システムやSNSを通じて共有してきました。
多くの大学で「学びが止まった」と言われる中でも、このように学生自身が研究を止めることなくチームで取り組んでいたことは非常に頼もしく感じます。
さて、その活動の中で次のような疑問が生まれたとのことです。
(1)ゾンビ映画でよく出てくる場面がある。その場面での言語表現には特徴的なものがあるのではないか?
(2)ゾンビは様々な描かれ方がある。中には親しみがあるものがある。それらを利用したメッセージ性のある活動はできないだろうか?
(3)ハロウィンでのようにゾンビになりきるということが何故か受け入れられている。それを使って、非日常の活動・ゲームにゾンビを利用できないだろうか?
確かに、ゾンビ映画は一種のパニックムービーであり、そこには特徴的な場面があります。
襲われるシーンなどは典型的ですね。みんなで逃げる時の意思疎通には特徴的な表現があるでしょう。短く端的で分かりやすい表現が求められます。また聞き間違えやすい発音が似たような言葉は厳禁です。
先程の「う○こ」のように、一種のキャラクターになる可能性をゾンビは持っています。ゾンビ発信のメッセージ性というのは確かにありそうです。
また、日常生活では恥ずかしいような言動も、ハロウィンであれば実行できるように、非日常のキャラクターになりきることで普段とは違う頭の使い方や活動が促進されることはあり得ます。
このような特性がある「ゾンビ」を何らかの社会課題解決に活かせないか・・・
そうやってたどり着いたのが、いわゆる「出版不況」という状況に対して、特に「教育分野」でゾンビの要素を利用したメッセージ性の高い参考書を作ることはできないだろうか、という課題です。
まさに、岡本健研究室のゼミ生ならではの発想からスタートした課題発見でした。
これまでも、岡本健先生にはこのmanaviでインタビュー記事をいただいた経緯もあり、また近畿大学も弊社も大阪にあるということでアクセスがしやすいという理由もあり、ゼミ生→岡本先生→弊社へと連絡が来て、「学生のヒアリングにつきあってくれないか」ということになりました。
「ゾンビ映画を使った参考書ができないものか?」というのです。
実際にどのような本を作るかは、まだ社外秘ということもあるので書けることには制限があるのですが、以下のことが話し合われました。
・出版不況というのは本当か?どの程度なのか?
・実際に売れるためには、どのような内容が必要で、どのような広報が必要なのか?
実際に、1996年くらいから出版不況というのは話題にあがっていました。読書以外の余暇の過ごし方も多様化し、趣味は「読書」ということも少なくなってきました。調べ物も辞書を使わずにネットでの検索の頻度が上がってきています。
また教育の領域では少子化の影響もあり、市場が縮小しているのも事実です。いわゆる「街の本屋さん」は毎月数十店舗というペースで閉店していっています。
グラフは、株式会社アルメディアの統計データを元にmanavi編集部で作成
しかし一方で、ライトノベルやゲーム、動画など、日常の中で気軽に没入できるストーリー性あるものは需要が減ることはありません。
このようなことを、出版社側から情報提供しました。
その中から生まれたのが「ゾンビ映画を使った英語の参考書づくり」という企画です。
・ゾンビ映画では「端的で分かりやすい英語が使われている」こと
・ゾンビは注目されやすいキャラクターを持っており、ゾンビを知ることと英語表現を学ぶことが両立できる(知りたいことがあるから、英語というツールも使うようになる、という理屈)
・英語を学ぶ際に音読は重要だが、恥ずかしがって実行しない学生がいる。ゾンビ映画を使うことで演劇の要素を入れることができ、音読トレーニングに興味を持たせることができる
うまくいくかは、実際に作ってみなければ分かりませんが、方向性は定まりました。
プロジェクトは企画で終わってはいけません。実際につくり、世に問い(それまでに稟議を通すためにプレゼンする必要もある)、結果が出てきてから評価が行われます。
さまざまな事務的な作業も発生します。これらの業務に関しては、学生だけでクリアできるわけではありません。
そこで、増進堂・受験研究社だけではなく、実際に『ゾンビビジネス英会話』を出版した実績がある株式会社カワセミにもプロジェクトに参画していただくことになりました。
必要であれば、外部リソースも利活用するということは非常に重要です。現実には使える予算・人員・費用は限られています。
しかし、「面白い!」というアイデアには人は動かされるものです。VUCA時代の学び方は、実はこの人間の率直な「面白い!」が鍵になるのかもしれません。
とはいえ、楽観的なことばかり言ってはいられません。様々なハードルが実際には存在します。
・届けるべき学習者(中高生を想定)にとって価値ある内容にする作業
・ニッチなテーマ(ゾンビ)でありながら、一般的な読者の関心をひくための販売戦略
など、まだまだ煮詰める必要があることも確かです。
これらの背景には、社会学に紐づいたコンテンツツーリズムやメディア学、マーケティング理論など、大学で学ぶ学術的な理論が存在します。
プロジェクトに関わった学生の皆さんがこれらを紐解きながら、「この場面ではこれを使ってみよう」と試行錯誤すること。そしてその現場に我々企業人も同席することで、意外と既成概念に囚われていたことを知る機会にすること。
そうやって産学連携の学びは推進されると期待しています。
実際に出版できるのかどうかも含めて、読者の皆さんには注目していただければ幸いです。