【第3回】「昆虫博士」後藤寛貴先生が感じる、学問、研究を通した「成長」の力

後藤先生の昆虫の研究では、どのような力が必要になってくるのでしょうか。

こんにちは。manavi編集部です。

国立遺伝学研究所 特任研究員として、「昆虫の体の仕組み」について研究なさっている後藤寛貴先生のインタビュー記事、今週はその第3回になります。

先週は、後藤先生の「学生時代の経験」 をメインにお聞きし、研究を始めたきっかけや、今に役立っている学生時代の学びについてお話しいただきました。

前回までインタビューは以下のリンクから閲覧することができます。

今週のインタビューでは、 後藤先生の具体的な研究プロセスや、そこで求められる力まで詳しくお聞きし、「昆虫や生物の研究者」を目指すお子様への学びのヒントを探りたいと思います。

それでは、後藤先生よろしくお願いいたします。

遺伝子を調べるプロセスで重要な力

先生の研究テーマの一つである、「クワガタムシの大顎(おおあご)が大きくなる仕組み」について、第1回のインタビューでは、「どのような遺伝子が関わっているかを調べる」とのことでした。

遺伝や遺伝子の概念は中学理科で本格的に導入されますが、「遺伝子組み換え」という言葉などは食品にも記載され、聞き覚えがあるお子様も多いことでしょう。

では、昆虫の遺伝子の研究では、どのような手順を踏むのでしょうか。そして、何が重要になってくるのでしょうか。

先生の研究は、具体的にどのようなプロセスで進んでいくのですか?

とても専門的な話になります。
僕の場合、例えば「大顎を大きくする遺伝子を知りたい」と思ったとき、そのアプローチは大きく二通りに分けられます。

一つは、「大顎を大きくするんだから、細胞分裂に関わる遺伝子が怪しいよな」とか「大顎を作る遺伝子が他の昆虫でわかっているから、その遺伝子も怪しいよな」とか「オスとメスで違うんだから、オスかメスかを決める遺伝子も怪しいよな」と、ある程度注目する遺伝子に「アタリ」を付けていく方法です。

もう一つは、「大顎を大きくするオスと、大顎を大きくしないメスで比べてみて、オスだけで使われている遺伝子が怪しいよな」と、遺伝子の使われている量を基準に、スクリーニング(たくさんの候補を検査し、特定のものを選ぶこと)する方法です。

どちらの方法でも、候補に挙がった遺伝子が、本当に大顎を大きくすることに関与しているかどうかは、その遺伝子の機能を失わせて何が起こるかを見てみるのが強力な方法となります。

ここからは、少し専門的なお話をしましょう。

続きはコチラ


昆虫ではRNA干渉という方法が、遺伝子の機能を調べる方法として確立しています。

これは標的とする遺伝子の配列を同定し、その遺伝子配列と同じ配列のRNAを体内に打ち込むことで、遺伝子の機能を失わせるという方法です。

このRNA干渉に用いる二重鎖RNAの合成方法を含め、分子生物学実験において、実際に行われる作業の多くが「様々な液体をまぜまぜして機械にセットしてボタンを押す」作業です。

作業自体はそんなに難しくありませんが、正しく実験を行うのはそこまで簡単ではありません。

目的に合った実験系を組み立て、それぞれの作業を正しく行い、失敗を失敗と理解でき、トラブルシュート(トラブルに対処すること)を経つつ、実験結果を適切に解釈する…といったところには知識と経験、そして論理的思考力が必要となります。

「900グラムの木の棒を振り回す」のは簡単ですが、ヒットやホームランを打つのは簡単でないことと似ています。

また、得られた実験結果は発表しなければ科学的には「なにもやっていないのと同じ」とみなされても仕方ありません。

発表のための主な手段が「論文の出版」です。現代においてほとんどの科学論文は英語で書かれているので、ここでもまた「英語」が必要不可欠な能力になります。





候補を絞って、特定の遺伝子と昆虫の体の発達の「因果関係」を地道に調べていくのですね。

遺伝子を調べていく研究プロセスの作業の多くが「様々な液体をまぜまぜして機械にセットしてボタンを押す」というのはシンプルでユニークですよね!

とはいえ、そのシンプルな実験作業も積み重ねて初めて研究になります。作業の裏で、実験を計画・管理し、さらには成果をまとめて発表をしなければなりません。

膨大な数の遺伝子から、どれに着目して調査をするか、どれを調査対象から切り捨てよいのか、実験結果から確かに言えることは何か…

研究者の手腕が問われるこれらの課題発見と対処において、学んできた「知識と経験」とそれに基づいた「論理的思考」が重要になるのですね。

また、「トラブルに対処する力」が求められるところにも、研究には失敗がつきもので、トライアル&エラーの精神が必要なのだと感じますね。

知識や思考力に加えて精神力も使う。野球のスイングとバッティングを例にされていましたが、まさに、心技体のすべての総合力で勝利を目指す、スポーツに通じるものがあると思いました。

研究室の学生に求められるもの

多くの学生は、大学3~4年生の時期に大学教授の持つ「研究室」に入室し、そこで研究方法の基礎を勉強します。

では、後藤先生が自分の研究室を持ったら、どのような学生に集まって欲しいとと考えていらっしゃるのでしょうか。

先生の研究室に入るために、求めたい力・学力などはありますか?

「知りたい」「明らかにしたい」という事柄があること、「意志の強さ」と「素直さ」を併せ持つこと、新しい知識や技術を身に着けたいという意志、「勉強することができる」という能力、論文が読める英語力、朝起きて夜寝るという規則正しい生活ができること、など求めたい力はたくさんあります。

ただ、僕は特に「大学における研究」は、多くの人に関して、研究という活動を通して様々な能力を身に着ける実習プログラムだという側面も大きいと思っています。

そのため、上に掲げたような個別の力ももちろんですが、「研究活動を通して成長したい」という気持ちを持っている学生さんが来てくれるととても嬉しいです。

なお、上に書いた事柄よりも、なによりもまず必要なことは、僕自身が「研究室を持つ」ことですね(笑)どんなに能力があろうとも、存在しない物には入れませんので。

能力や知識に加えて、「気持ち」も大事になってくるのですね!

先生ご自身が、学生生活での様々な経験が研究に役立っていると感じておられるように、後藤先生の下で学ぶ学生もまた、そこで多くの経験をして、得たものを今後の人生に役立てて欲しいと考えておられるようです。

もちろん、研究に役立つ知識や経験をしっかり習得するに越したことはないでしょう。

ですが、大学での学び全てが研究者になるためのものではありません。卒業後には当然様々な進路があり、いつどんな場所で学生時代の経験が活きてくるかは分かりません。

だからこそ、少しでも多くのことを吸収できるように、「成長したい」という気持ちを持って研究に臨むことが一番大事なんですね。

昆虫博士おすすめの書籍

今週のインタビューでは、後藤先生の詳しい研究プロセスや、必要と感じる能力についてお聞きしてきました。

今週最後の質問は、昆虫好きや研究に興味があるお子様へ向けて、後藤先生がご家庭で読んでもらいたいと感じている書籍を聞いてみましょう。

昆虫のことや先生の研究につながる書籍や参考資料で、小中学生におすすめの本はありますか?

図鑑なども良いですが、気軽に読める読み物も多くあります。ぜひ、長期休暇でチャレンジしてみてください。

後藤先生のおすすめ書籍

『バッタを倒しにアフリカへ』
(前野ウルド浩太郎著・光文社)

『カブトムシとクワガタの最新科学』
(本郷儀人著・メディアファクトリー)

『ツノゼミ ありえない虫』
 (丸山宗利著・幻冬舎)

『サナギから蛾へ―カイコの脳ホルモンを究める 』
(石崎宏矩著・名古屋大学出版会)

『動物たちの武器』
(Doug Emlen著/山田美明訳・エクスナレッジ)

自由研究の資料としてもピッタリな本をたくさん紹介していただきました!

記事を書いている私も、昆虫学者の小松貴先生のエッセイ、『昆虫学者はやめられない: 裏山の奇人、徘徊の記 』を拝読いたしましたので軽く内容を紹介させていただきます。

著者の幼少期、そして大学生時代の野生生物の出会いと観察の経験が綴られており、野生生物の生態、著者との間に起こるやり取りが実にコミカルに、かつ臨場感を伴った独特な言い回しで描写されています。

「野生のカラスと自転車でチェイスする」「深夜にひとり森や田んぼに繰り出して、カエルの合唱や蛾の交尾をひたすら観察する」といった、奇行とも言える活動の数々から、著者の生き物への情熱や、興味を持ったことへとことん飛び込む生き様が伝わってきました。

生物研究におけるフィールドワーク・観察の面白さと重要性を教えてくれる一冊になっています。小学中~高学年のお子様から読め、普段の読書の本としてもおすすめです。

学びのヒント

後藤先生、今週もありがとうございました。


今回のインタビューでは以下のような学びのヒントがあったと思います。

学びのヒント

(1)確かな知識と経験を身につけ、論理的思考を支える
(2)「成長したい」という気持ちを常に持つ

後藤先生の研究では、昆虫の成長に関与する遺伝子を見つけるために、遺伝子と成長の因果関係を裏づける実験の計画、実行、分析を行っていました。

これらのプロセスを的確に、論理的思考に基づいて行うためには、 専門的な知識、積み上げてきた経験が不可欠です。

良い研究を行うには、教科書や参考書を読み込んで覚えることも、自分で見たり、感じたりする体験をすることもどちらも大事、というわけですね。

ここで注意したいのは、知識を詰め込むだけ詰め込んで、思考や他者への表現に使わないという状況です。インタビューにも、 発表しなければ「なにもやっていないのと同じ」 とありました。

「どうしてこうなっていると感じた?」「よく知らないお母さんにも分かりやすく説明してみて?」といった感想や要約を問う質問を投げかけて、お子様の知識・経験を思考・表現に活用する機会を設けてあげてください。

もう一点は、気持ちの持ち方についてです。

「成長したい」という気持ちを持つには、自ら学びを進める主体性と、成長した自分という具体性を持てるかがカギになってくるでしょう。

この際に確かな方法として、「お手本にしたい人」を見つけることがあります。身近な人から、TVで紹介された有名人から、あるいは今回のインタビューで紹介したようなエッセイの読書を通して目標の人物を見つけるのもよいでしょう。

例えばお子様の日ごろの学びにおいても「志望校で、こんな学生生活を送りたい」「将来こんな仕事につきたい」という成長のビジョンや、なりたい人物像がはっきりしていた方が、取り組みに集中できると思います。

おすすめの本

今回の記事に関連したおすすめの書籍をご紹介させていただきます。


関連書籍

『スーパー理科事典 四訂版』

★科学や自然環境に対しての「なぜ」1つ1つを1単元とし,くわしく解説することによって,小学3年~高校1年程度の理科の学習内容が理解できるようになっています。(小学3年以降で習う漢字にはすべてふりがな付きです。)

★図表や写真を多数盛り込み,理解がよりしやすいよう工夫しています

★768ページ(三訂版にくらべ32ページ増!)と大容量で,理科に関する新しい情報が満載です。


詳しくはこちらから

今回は、小学校から高校までの理科知識について、詳しく解説されている『スーパー理科事典』を紹介させていただきました。

日常生活でふと疑問に思ったことを調べることから、これまでに学んだことの振り返りまで、読みごたえがあり、 「専門的で確かな知識の定着」にお使いいただけます。

今回の賢者

後藤 寛貴

国立遺伝学研究所 特任研究員
1984年札幌市生まれ。北海道大学理学部で生物学を学ぶ。 同大学大学院環境科学院 生態遺伝学コースに進学し、昆虫の形態形成とその進化の研究を始める。 学振海外特別研究員(ワシントン州立大)、名古屋大学農学部特任助教などを経て現職。 博士(環境科学)。専門は進化発生学。

後藤先生の詳しい情報はこちらから