【第1回】後藤寛貴先生に聞く。カッコいい!の秘密を探る昆虫博士の研究とは?

夏休みの定番には自由研究がありますが、「研究」って具体的にはどんなことをするのでしょうか?

こんにちは。manavi編集部です。

新しい賢者の先生のご紹介をいたします。

お話を伺うのは、国立遺伝学研究所 特任研究員の後藤寛貴先生です。

後藤先生は、 アメリカのワシントン州立大学、愛知県の名古屋大学、北海道の北海道大学、そして現在は静岡県の国立遺伝学研究所と海外と日本の各地で研究活動に取り組まれてこられた先生です。

その研究テーマは「昆虫の体の仕組み」について。

苦手な保護者の方もおられると思いますが、昆虫は恐竜などと並んで古今東西の少年少女の心を掴んできました。

インタビュアーの私も、夏になると野原や雑木林で虫を見つけてきては、虫かごに入れて飼育したものです。

また、昆虫が好きで図鑑に載っているようなことにも詳しくて、見つけた虫の種類をピタリと当てられるような「昆虫博士」のお子様の話をよく聞きます。

今回からは、そんな昆虫に「学問」として携わり、正真正銘の「博士号(環境化学)」を持っておられる後藤先生から4週にわたってお話を伺っていきます。

少し話が変わりますが、高校では2022年度から施行される新学習指導要領において、「理数探究」という科目が新設されることをご存知でしょうか?

詳しい説明は省きますが、この科目では、高校生は自ら設定したテーマに沿って観察、実験、調査などを行うことになります。大学や企業などで行われている「研究」に近しいイメージです。

高校以降の学び、そして今後の社会生活では「研究する力」が求められるケースが増えてくるということなのです。

「研究する力」、一見難しそうですが、お子様が小さいうちから鍛えるチャンスがあると思います。夏休みの定番、「自由研究」です。

この連載が、お子様の学校や家庭での「生き物の自由研究」をどう進めたらよいのか、さらにステップアップして、専門的な研究として究めていくにはどうしたらよいのか、それらを知る助けになればと思います。

それでは、後藤先生よろしくお願いいたします。

昆虫の研究ってどんなことをするのだろう?

さて、先ほど ご紹介させていただいた通り、後藤先生は「昆虫の体の仕組み」を研究テーマとされています。 とはいえ、どんなことをやっているのか、なかなかイメージがわきませんよね。

昆虫にも色々な種類があり、世界には100万種近い昆虫がいると言われています。具体的には、何の昆虫に注目しているのでしょうか。

まず、どのような研究活動をされているのか、教えてください。

大きく分けて2つテーマで研究を進めています。

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一つは、「クワガタムシの大顎(おおあご)が大きくなる仕組みについて」です。これを遺伝子研究の観点から研究しています。

どのような遺伝子が関わっているのかを中心に調べています。特に、オスとメスの違いと、オスの間でのバリエーションがどう生まれるかについて調べています。

例えば大きなオスと小さなオスでは、体内の幼若ホルモンというホルモンの濃度が異なり、このホルモンが大顎を大きくするために重要だという事を明らかにしました。

また、オスとメスでは、ある遺伝子がこのホルモンに対する反応を変えることで、オスでは大顎を大きくしてメスでは大顎が大きくなるのを抑えている、という事が分かっています。

最近では、「オスでだけ大顎が発達する」というクワガタムシの特徴の進化をもたらしたゲノム上の変化を明らかにしたいと思い、研究を進めています。
 
二つ目はカブトムシやツノゼミについてです。これは遺伝子の働きというより、「成虫になった時に角になる部分が、変態が起こる前にどうやって折り畳んだ状態になっているのか」について調べています。

これについては、折り畳み皺(しわ)ができるという現象に注目しています。

折り紙で言うと、いろんな折り紙ができた時に皺ができていますよね。その色紙を広げると皺が残っています。その皺を調べることで、どのような形になるかが分かりますよね。それに似ていると思ってください。

例えば、カブトムシの角だと、角の細胞の分裂の方向や、分裂する場所の偏りなどが折り畳み皺の方向を決めるのに関わっていそうだとか、皺の深さと皺の方向を決めるメカニズムは別のものらしい、というようなことが分かってきています。

皺の数や方向が、最終的な角の形を決めるので、皺のでき方がわかると、いろいろなカブトムシの様々な形の角を作る仕組みがわかるかもしれません。


クワガタムシやカブトムシの大顎(おおあご)や角の秘密を、「遺伝子」と「 折り畳み皺(しわ)」という2つの観点から解き明かしているのですね!

先生の研究対象は、「昆虫の王様」とも言われるカブトムシやクワガタムシということでした。

「好きな昆虫は?」と聞かれて真っ先に答えるお子様も多いのではないでしょうか。私も、カッコいいフォルムが描かれた、「昆虫王者ムシキング」のカードを集めるのが大好きでした(笑)

また一般に馴染み深い昆虫であっても、 遺伝子調査や、細胞分裂の様子など、 細かい形質に着目すると、まだ体の仕組みが解明されていないことも多いようです。

お子様の身の回りに生息している昆虫にも、未知の秘密を調べる研究のチャンスがあるかもしれませんね。

あの生き物の研究が役立っている?

大学などで「卒業研究」をされたことがある保護者の方はイメージしやすいと思いますが、近しい他の分野の理論や技術を勉強しそれを参考にする、というのは研究活動で最も基本となる部分です。いわゆる「先行研究・関連研究を調べる」というタスクです。

先ほどのお話では、クワガタムシやカブトムシの研究について述べられていましたが、昆虫の研究には他にどのようなものがあるのでしょうか。

先生の研究に近い研究を教えてください。

僕は昆虫のことしかしていないのですが、昆虫の中でも「モデル昆虫」と呼ばれる研究成果を参考にして、クワガタムシやカブトムシの研究を行いました。

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昆虫の体がどう作られているのか、という研究はキイロショウジョウバエというハエで最もよく進んでいます。

保護者の皆さんも、高校の生物の授業で習ったことがあるかもしれません。高校生物だと「遺伝」の単元で出てきますかね。

体の前と後ろを決める遺伝子、翅を作るための遺伝子、肢を作るための遺伝子、オスとメスを決める遺伝子などは、いずれもショウジョウバエの研究で明らかにされてきたものです。

体作りの研究に限らず、体内時計の研究や行動の研究などでもショウジョウバエで明らかにされてきた成果がたくさんあります。

その研究成果を参考に、他の昆虫、あるいは他の動物でも研究が進みます。

また、昆虫は幼虫→蛹→成虫と脱皮をして大きく姿を変える「変態」を行います。これは小学校の理科で習いますね。

この時に「いつ脱皮するのか」「脱皮した後に幼虫のままでいるのか、蛹になるのか」といったことはいくつかのホルモンの働きで決まっています。

このような脱皮と変態のメカニズムの研究は、主にカイコガやスズメガなどのガを研究材料にして明らかにされてきました。

このように、違う種類の昆虫の研究が、他の研究に利用されることがあります。


なるほど。クワガタムシやカブトムシの研究にハエの研究が役立っているのですね。

カッコいい昆虫の研究に、どこにでもいる上、嫌われがちなハエの研究が役立っているなんてビックリですよね!

お話の中にあったように、特定の昆虫の研究をする上で参考にできるような昆虫を「モデル昆虫」と呼びます。ショウジョウバエの他にはミツバチやカイコなどもそれにあたるそうです。

また、昆虫の研究が同じ昆虫だけでなく他の生物の研究にも大きく関係していることを意外に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

このように、動物や植物の体がどのように形成されるかを比較し、それらがどのように進化してきたかを理解する学問・研究のことを「進化発生学」といいます。後藤先生の専門分野として、プロフィールにも記載がありますね。

昆虫の研究の魅力とは

初回である今週は、「後藤先生の昆虫の研究とはどういったものか」を簡単に説明してもらいました。

今週最後の質問は、先生が長年携わった上で感じる、昆虫の研究の難しさや魅力についてお聞きしてみましょう。

他の生物(動物・植物)の研究と昆虫の研究との違いや、昆虫研究ならではの難しさがあれば教えてください。

僕自身、昆虫以外の動物や植物を研究対象にしたことがないので、違いについてはちょっと良くわかりません。他の生物種の研究経験がないのに「昆虫は他の生き物と違ってここが難しい」と言うのはアンフェアかなと思います。

 ただ、やはり昆虫をテーマにするのは、そこに独特の面白さがあるからです。

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昆虫の研究で最も面白いことの一つとして「多様性」、つまり「様々なものがいる」ということが挙げられます。

もちろん他の生物にも多様性は見られるのですが、全世界で名前がついている生物種のうち、半分以上が昆虫なので、特に多様性が大きいグループと言っても怒られないでしょう(笑)。大きさも、姿も、住む場所も、寿命もバラエティに富んでいます。

もう一つの面白いことの一つは「共通性」、つまり「同じところがある」ということです。

例えばトンボとチョウとクワガタを比べてみましょう。3種の虫では姿は全く異なりますが、よく見てみると「あたま」「むね」「はら」に分かれ、肢は6本で、翅は4枚です、触角は2本です。

どれも脱皮によって大きくなるし、翅をもっているのは成虫だけです。基本的な体をつくる「パーツ」は同じなのに、それぞれのパーツを「改造」しているかのように様々な形や色に変えることで、全体の姿は全く異なるものになっています。

個人的には「ミニ四駆の改造」に通じるところがあるかと思います。

この「多様性」と「共通性」という一見相反する二つのキーワードは、生物学のあらゆる分野で現れます。

昆虫の体作りは特に身近で分かりやすい一例かと思います。ぜひ、実際に観察するとか、図鑑や参考書・図録などで確認してみてください。


昆虫には、「多様性」と「共通性」という生物学の面白さがギュッと詰まっているのですね。

同じクワガタムシをとっても、 分厚いもの、平たいもの、毛があるもの、1年しか生きられないもの、冬を越して複数年生きるものといった、種や地域によって生態の違いが様々であると聞きます。

体の様々な部位がそれぞれの環境に適してカスタマイズされた形状になっている一方、それらも共通のパーツが基になっているというのは興味深い話ですね。

共通のパーツを交換しつつ、オリジナリティのある見た目や性能を作り出せるミニ四駆に通じるというのも納得ですし、同じようなロマンを感じますね。

また、後藤先生の研究では、「オスとメスの違い、オスの間でのバリエーションの違い」と「発達過程の皺(しわ)の状態」を「比較・観察」することで新たな発見を探しているということでした。

研究における観察の重要性は、航空宇宙工学の和田豊先生のインタビューでも述べられていましたね。

気になる習性、面白いと思った部位などをじっくり見たり、他と比べたりして、新しい気づきを得ていくことが昆虫、延いては生き物の研究の第一歩なのかもしれませんね。

学びのヒント

後藤先生、ありがとうございました。


今回のインタビューで紹介された、実際の昆虫の研究で行われているプロセスには、お子様の学びや自由研究に生かせるポイントがあったと思います。

その中でも二つの点を挙げさせていただけます。

学びのヒント

(1)じっくり観察することで「多様性」と「共通性」を見つけよう
(2)似たような事例を参考にして、自分の研究に役立てよう

先生がおっしゃられていたように、生物学の面白さである「多様性」や「共通性」 を発見するには、まずはじっくり観察すること、だと思います。

個人的におすすめなのは「絵を描くこと(スケッチ)」です。

上手に描くためには、対象の特徴を見つけて的確に表現することが求められます。そこに文章を加えて定期的に行えば、定番の「絵日記」になります。絵日記には、記録の役割の他に、気づきのための着眼点を増やすというメリットがあるのです。

そして「多様性」や「共通性」に気づき、「面白いなぁ」だとか、「どうしてなんだろう」と興味を持って調べようとしたとき、それが研究テーマになるのです。

テーマを見つけたら、今度は「調べ、考える」時間です。先生の研究では、カブトムシやクワガタムシに対してハエの研究の似たような事例を参考にしていらっしゃいました。

アリの巣について調べたいなら、図鑑で見て、「近しい仲間」としてまとめられているハチについても調べる、トンボの幼虫のヤゴの食事について調べるなら、同じ水中に生息するゲンゴロウやカエル、魚との違いを調べる、といった「仲間分け」と「比較」からも面白い発見があるかもしれません。

こういった「気になる」や「知りたい」から始まる研究は、「教えられる勉強」とは異なり、主体的に取り組む姿勢や課題を設定・解決する力が育ちます。これこそが冒頭で触れた「理数探究」で求められている能力・資質でもあります。

またここで保護者の皆様にぜひとも心がけていただきたいのは、お子様の主体性が育つように「温かく見守ること」です。

調べるための資料の提供、観察・実験のための環境をそろえるといった、お子様がやりたいことのサポートに徹してあげてください。

一方で、「見当違いのことを調べている」「安全ではないやり方で行おうとしている」といった見過ごせない場面に出会うこともあるかもしれません。

そんなときも頭ごなしに否定するのではなく、「知りたいことはこっちじゃないかな?」「こっちの方法で試したらどう?」といった「お子様と一緒に考える」姿勢で臨んでみましょう。

おすすめの本

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関連書籍

『小学 なるほど! 理科図録』

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「多様性」や「共通性」を発見することができるよう、詳しい図録と解説がついた『なるほど!理科図録』をご紹介させていただきました。

身近な虫や動物の姿を図説で見比べて、「似たような生き物はいないかな?」と探したい、 「どうしてこんな体のつくりになっているのだろう?」と考えて、理由を調べたい、そんな時にピッタリな一冊です。

お子様の自由研究の際の「参考資料」として、ご活用いただけましたら幸いです。

今回の賢者

後藤 寛貴

国立遺伝学研究所 特任研究員
1984年札幌市生まれ。北海道大学理学部で生物学を学ぶ。 同大学大学院環境科学院 生態遺伝学コースに進学し、昆虫の形態形成とその進化の研究を始める。 学振海外特別研究員(ワシントン州立大)、名古屋大学農学部特任助教などを経て現職。 博士(環境科学)。専門は進化発生学。

後藤先生の詳しい情報はこちらから