合言葉は「脱・学参マンガ」?―学参マンガとしては異例のキャラクターやセリフに込められた編集者の思いに迫る|『はじめてのことわざ・慣用句 新辞典』編集者インタビュー後編

この記事は『はじめてのことわざ・慣用句 新辞典』の担当編集者へのインタビュー記事の後編です。

ぜひ,前編の記事を以下のリンクから,ご一読ください。

目次




合言葉は「脱・学参マンガ」?

最近,書店で学習参考書や問題集を眺めていると,マンガが載っている本が増えてきたような気がします。

そうですね。ことわざや慣用句に関する本に絞っても,マンガを扱った作品は多く出版されています。

そういう本を見るたびに,一般的なコミックスと学習参考書に載っているマンガはどう違うのかが気になっていたんです。

『はじめてのことわざ・慣用句 新辞典』を作る際に,学参マンガだからこそこだわったことはあるんでしょうか?

逆に私から聞いてもいいですか?

もちろんです。

マナミさんの思い描く「学参マンガ」はどんなイメージですか?

う~ん,そうですね…。
勉強が苦手な主人公が,徐々に勉強できるようになって,テストで高得点をとるストーリーはよく見る気がします。

他にはどうですか?

まじめな内容が多いのかな…?ギャグマンガっぽいものも見かけますが,最低限,教育的な配慮はされているというか。

なるほど。まだ他にもありますか?

あとは学校が舞台になっているものが多いと思います。

ありがとうございます。
どれも「学参マンガあるある」ですね。

つまり,『はじめてのことわざ・慣用句 新辞典』でも,先ほど挙げたような要素や配慮が踏襲されているんですか?

いえ,逆にそういった「あるある」をできる限りなくしました。

今回の本を作る際の合言葉は,むしろ「脱・学参マンガ」だったんです(笑)

えっ!それって大丈夫なんですか?(笑)

大丈夫です(笑)

よくある「学参マンガ」のイメージを打破しようと,いろいろな工夫を施しました。

学校ではなく,妖怪たちの住んでいる異世界を舞台に設定したのもその1つです。

先ほど(前回の記事で)お伝えしたこととリンクしています。

「ことばを覚えるためにマンガを読むのではなく,マンガを読んでいたら,自然とことばを覚えていたという体験をしてもらいたい」というこの本に込めた私の思いをお話しました。

でも,この体験をしてもらうためには,大前提として,マンガが面白くないといけません。
だから,「学参マンガ」の枠に縛られず,マンガが面白くなると思ったものは何でも取り入れました。

めちゃくちゃ面白かったです!

私も最初は仕事のために読み始めたんですが,気がついたら仕事も忘れて読みふけってしまって,怒られちゃいました(笑)

時間を忘れて,読んでもらえたのは嬉しいです(笑)

実は「学参マンガ」ではタブーとされているようなことも結構やっていたりします。

タブー…。ここだけの話でいいので,教えてもらえませんか?

ここだけの話ですよ。

学習マンガとしては異例の主人公に込めた思い

例えば,このキャラクターを見てください。
彼は普段かっこいい俳優として仕事をしているのに、私生活ではお酒を飲んでだらだらすることが多いキャラクターです。

「学参マンガ」ではあまり見かけない描写ですよね?

一般的なコミックスだとよく見ますが,確かに子ども向けの「学参マンガ」では見ないですね。

でも,こういう抜けているところがあるキャラクターって,妙に愛着が湧きます。

「ギャップ」「共感性」は大切な要素なので(笑)

他にも,特に国語の「学参マンガ」では,辞書に載っていない言葉や乱暴な(適切ではない)言葉は避けられる傾向にあります。

あくまでも国語の学習参考書の一部ですもんね。

そうなんです!

でも,あえてそういった言葉を使うからこそ,物語が面白くなったり,キャラクターたちに親しみが湧いたりすることもあると思います。

例えば,狐の妖怪のチエと狸の妖怪の三郎がけんかをするシーンが何度か描かれます。

ここでは,あえて「ジジイ」や「ババア」といったやや乱暴な呼称を取り入れました。

その方が,けんかの空気感やチエと三郎の関係性がよく伝わるかなと思いまして。

「ジジイ」「ババア」はなかなか強烈ですね(笑)

こんな呼び方をしているのに,チエと三郎は,ちゃんとお互いを認め合っているところもあって,そこがいいですよね。

そうなんです!!

他にも,「イケオジ」「○○たん」などのSNS等ではよく見るけれど,辞書には載っていない言葉も大胆に取り入れてみました。

一部のキャラクターが「〜っス」や「〜ニャ」のような特徴的な語尾で話すのも「学参マンガ」としては珍しいかなと思います。

異例尽くしですね!
それで言うと,私が気になっていたのは,主人公の桃花です。

「学参マンガ」の物語は,最初は勉強が苦手な主人公が少しずつ成績を伸ばしていく流れが鉄板だと思います。でも,今回の主人公の桃花は違いますよね。

こんな感じで妖怪たちにことわざや慣用句を使ったツッコミを入れていることからもわかりますが,最初からことわざや慣用句に結構詳しいように見えます。

これは何か意図があるんでしょうか?

もちろんあります。

主人公の葛藤や成長のポイントが「勉強」そのものに置かれている「学参マンガ」が多いので,あえて別のところで主人公が葛藤したり,成長したりする姿を描こうと思いました。

桃花は,ことばをたくさん知っているけれど,人と関わることがあまり得意ではないキャラクターです。
そんな彼女が,妖怪たちと関わる中で少しずつ心を開き,他者と関わることに積極的になっていく過程を,彼女なりの成長として描きました。

私も桃花の成長にちょっと感動しちゃいました。

そんな彼女の姿や成長には編集者自身どんなの思いや願いが込められているんでしょうか?

ことばをたくさん覚えたら,テストで良い点が取れるようになるかもしれません。

一方で,ことばはコミュニケーションのためのツールです。
使えることばが増えれば,より多くの人と関われるようになり,そして自分の世界が広がっていきます。まさしく桃花がこのマンガの中で経験したことです。

この本を読んだ子どもたちには,テストのためだけにことばを学ぶのではなく,ことばを通じて桃花のような経験や成長をしてほしい!という願いを込めています。

すごく大切なことですね。

私もその思いや願いを読者のみなさんに伝えられるよう頑張ります!

よろしくお願いします。

サブキャラクターの妖怪たちへの細かすぎるこだわり

せっかくなので,最後にどうしてもこれだけは読者のみなさんに伝えたい「細かすぎるこだわり」があったら教えてほしいです。

「細かすぎるこだわり」ですか?
多すぎて,答えられないかもしれません(笑)

では,せっかく妖怪の世界を舞台にした物語なので,妖怪たちについて聞かせてください。

雪女,河童,化け狐,化け狸,天狗,火車などさまざまな妖怪が登場しますが,それぞれのキャラクターの名前や設定に元ネタのようなものはあったりするんでしょうか?

もちろん全員あります。
私も個人的に気に入っている,狐のアイドル「安倍チエ」の背景を一例としてお話します。

名字の「安倍」は陰陽師として有名な安倍晴明からとっています。そして,チエが狐なのは,説話で晴明の母として描かれる葛の葉が白狐であることに由来しています。

それから,名前の「チエ」は,葛の葉が住んでいたと伝えられる信太森葛葉稲荷神社にある千枝の楠という大木を参考にしました。

名前だけでもしっかり背景があるんですね。

まだまだありますよ。

チエがアイドルなのは,狐の伝承を参考にしています。
狐は「化かす」存在であり,白狐は「人々に幸福をもたらす」と言われているため,「16歳の姿に化けて妖怪たちに元気と幸せを届けるアイドル」という設定にしました。

背景が深すぎる
他のキャラクターにも同様に裏設定があるんですか?

あります。

火車という妖怪のしゃくしが登場しますが,しゃくしはタクシーと猫を組み合わせた姿をしています。

火車は「悪行を重ねて死んだ者を地獄に運ぶ、燃えている車」「死んだ者の亡骸を奪うとされる妖怪(正体は猫の妖怪とされることが多い)」とされています。この伝承 を参考に,本書でしゃくしは「燃えている猫の車」の姿にしました。

ちなみにこの「燃えている猫の車」の姿から連想して,しゃくしにはある設定を加えています。何かわかりますか?

なんだろう…?

みなさんも一緒に考えてみてください。

燃えている車の姿に関連した「しゃくし」の設定は何でしょう?

①いつも小判を持っている  
②またたびに目がない  
③いつもお金に困っている  
④ふだんは本性を隠している

正解は・・・

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③「いつもお金に困っている」です。
「経済状態が極めて厳しいこと」を意味する「火の車」という慣用句が元ネタです。


なるほど!ことわざや慣用句もキャラクターの設定に関係しているんですね。おもしろい!

そうなんです。他のキャラクターたちにも裏設定がありますよ!天狗の倉間は……

ス,ストップ!このまま全キャラクターの背景を聞いていくと,夜が明けてしまいそうなので,またの機会に…(笑)

はっ!つい,語りすぎてしまいました。すみません。

いえいえ。ぜひ,読者のみなさんにも各キャラクターの元ネタが何か考えてみてほしいですね。それを考えてみるのも,きっと,いい勉強になると思います。

はい。あ,あと,目次で紹介していない妖怪もたくさん登場するので,そこも注目していただけたらなと。

いろんな妖怪が出てきますよね!

個人的には太陽くんがほうきの付喪神(つくもがみ)に乗ろうと試みるエピソードが好きでした!

私もお気に入りです!あのエピソード,実は ・・・

***

エピローグ

編集者の熱い思いはその後も止まらず,インタビューは夜遅くまで続いたとか,続いていないとか…。

編集者の「顔」というのは,つまり,本に込められたこだわりや思いのことだったんだ!

彼女は特設ページの案を練り直し,再度,上司に見てもらう。
上司は彼女のページを見て,笑顔で頷いた。

やった!さすが私!

お褒めの言葉をもらったマナミは上機嫌で,特設ページの制作に着手する。

本1冊に,こんなにも編集した人のこだわりや思いが詰まっているって知らなかった。

それをちゃんと言葉にして,たくさんの人に伝えていきたいな~。

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はじめてのことわざ・慣用句 新辞典

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