トップティーチャー・正頭英和先生に“学びの環境”を訊く

目次





こんにちは。manavi編集部です。

今回から3回に渡って、2021年夏に行われた保護者向けオンラインセミナーの内容をお届けします。

セミナーのテーマは「身近な環境を家庭の学びにツナグ方法」です。

コロナ禍で社会の仕組みの変化が訪れて一年以上が経過し、行楽や遠出が制限される中、改めて、家庭学習の重要性が見直されてきました。

しかし、家庭学習と言っても、机の上で行うものだけではありません。自宅やその周辺にも学びの環境はあります。

例えば、スーパーで買い物するとき、その道すがら、自宅近くの公園・・・このようなどこにでもある身近な環境がどのような学びに繋がっていくのでしょうか。それを自覚したり工夫したりすることで、家庭での学びや会話はどのように充実するのでしょうか。

講師としてお招きしたのは、グローバルティーチャー賞2019にて、アジア人で唯一のトップ10ファイナリストとなった正頭英和先生です。先生は、増進堂・受験研究社の社内研究機関NEXT LEARNING Labsの客員研究員でもいらっしゃいます。

セミナーでは、実際に保護者の方から寄せられた質問や悩みに対して先生のコメントをいただきながら、保護者・正頭先生・増進堂スタッフで、家庭学習の在り方、学びの環境の作り方について考えました。

初回となる今回の記事では、セミナー冒頭で正頭先生に解説していただいた、これからの教育の在り方、子どもの学びに対する大人の接し方をまとめております。是非最後までお読みください!

時代は暗記から体験学習へ

今回は「環境」というテーマをいただきました。「具体的にこの場所がいい!」というのではなく、お子様の環境づくりにあたって、照らし合わせるための考え方をお伝えできればいいなと思っています。

これまでの教育では、知識の量を追い求め、その差が重要視されていました。勉強ができる子・できない子というのを、「知識がある/ない」で推し量っていました。

これが、Society 5.0と言われる時代になり、色々なことを知っているというアドバンテージが、テクノロジーによって簡単に埋まってしまう時代がやってきました。

では、そもそもこれまで「暗記を一生懸命覚えましょう」と言ってきた学校は、どう変わっていくか?学校で学ぶ意味は何か?というと、間違いなく「体験を重視する」ということです。

何の匂いをかいだ、何に触れた、何を作っただとか、そういった手触り・肌触りのある体験、修学旅行や遠足といった体験的な学びがとても重要になってきています。言い換えれば、先生が黒板に書いて「よし、これを覚えろ」という授業から、「これはこうなってるんだよ、本当かどうか、よし、実験してみよう、試してみよう」と、何かを作ってみるとか、やってみるとか、という授業になってきているのです。

では、なぜ教育が知識から体験に変わってきているか。端的に言うと、テクノロジーが発展してきているからです。テクノロジーの発展が壊したものは「時間と距離」です。これまでは時間や距離の関係でできなかったものを壊してくれたのがスマートフォンのようなテクノロジーであるということです。

つまり、体験教育をまとめてみると、時間と距離の制約があって、これまでには無理だった体験が可能な教育。これこそがまさにこれからの重要な教育の方向性になるだろうと思います。

問題発見力とは?

ここで、今回のメインのお話ではありませんが、今後求められるスキルとしては問題解決力から問題発見力に変わってくるというお話をしたいと思います。

よく子どもたちには、ドラえもんとのび太君で喩えます。今まではのび太君がいっぱいいて、ドラえもんが少なかった時代でした。

例えば、洗濯に困っている人、毎日のかまどでの炊飯に困っている人が多いところに、洗濯機や電子ジャーを発明する人がいた。それが凄かった。しかしすでに洗濯機や電子ジャーという発明は世の中にある今では、昔と同じように困っている人は当然いません。

つまり、一度問題を解決するために発明されたものは、この世界の中にずっと残り続けていくということです。ドラえもんが残り続けていて、解決されたのび太君はどんどん消えていく。つまり今はのび太くんが少なくなってきて、ドラえもんがとても多い時代だというような話になってきます。

だからこれからは、「これが問題だよね。」とか、「これ意外とみんなが困っているんじゃないか。」といったように、問題を発見できる能力が社会の中では重宝されていくようになっているのです。

少し話は逸れますが、こういう話をすると「世界の貧困問題だとか、食糧問題だとか拉致問題だとか、問題は世の中にまだまだいっぱいあるじゃないか。」という反論もよく言われます。これには、「経済合理性」という考え方で説明がつくかなと思います。

例えば、打たれている方もいると思いますが、コロナのワクチンは一年ちょっとで完成し、すごく速く普及したように思います。世界の知恵や知識を総結集すれば、これぐらいのスピードで世界にワクチンを展開できたわけです。

一方で、致死率が高い病気において、まだまだワクチンが発明されていないものがあります。こうした病気の中には、単純にそのワクチンを開発しても、一部の地域でしかその病気がないから、あまり売れない、ビジネスとして成立しにくいという理由で開発がされていないものがあるのです。

このように、ビジネスになる問題は解決されていくけども、なかなかビジネスにならない問題は解決されにくいということがあります。ここには経済の原理『経済合理性』が働いているのです。もちろん、これが良いか悪いかは別問題ではありますが…。

今回私がお話しするのは、こうした「経済の原理が働いている問題」です。そうではない問題をどうやって解決して行くかについては、これはこれでちゃんとしたアプローチがあるし、教育で解決出来る所だと思っています。

話を元に戻します。では、問題発見力をどうやって身につけていくかというと、これは行動することが一番重要かなと思っています。「とにかく何でもやってみる」という時代のフェーズだということです。

何か問題があったときに、「よし、ちょっと一瞬考えてみようか、う~ん」というよりも、どちらかといえば、もうとにかく「よしやってみようぜ」とか「なんかわかんないけど、とにかくやってみよう」というような形で進んでいく方が実は価値があるという事なのです。

「子どものモチベーションは足がはやい」

ここで話を戻しましょう。教育は、知識から体験重視へ。「Learning by doing」「Learning by making」という言葉に象徴されるように、何かをしながら学んでいくとか、何かを作りながら学んでいく機会が多くなってきています。

このように子どもたちが、いろんなことに同時にチャレンジするというのは、すごくいいことなのですが、一方で勉強に対して情熱的な子どもが相対的に減ってきていると思います。

端的に言うと、「やる気いっぱいだ!うぉ~!」みたいな子どもがあまりいないのです。勉強に限らず、ありとあらゆることに対してのモチベーションが非常にレアな時代になってきていると思います。

この事実に対して、的を射ているな、と思っている言葉があります。

子どものモチベーションは足がはやい

言葉の通りで、子どものモチベーションは本当に長続きしません。モチベーション自体が無くなっているのではなく、「子どものモチベーションは昔と同じように上がるのだけれども、下がるスピードもとても早くなっている」ということなのです。

例えば、お子様が「ねえねえ、カブトムシ捕りに行こうよ。」と言ってきたとします。そのときにパパママはスケジュール帳を確認して、「来週の日曜日だったら、カブトムシ一緒に捕りにいけるから、来週の日曜日一緒に行こうか。」と言うと、そのときは「嬉しい。ありがとうパパ・ママ。」と返すわけです。

ところが日曜日になって、「約束の日になったから、一緒にカブトムシを捕りに行こうか。」と声をかけると、子どもはなんと言うでしょうか?

いろいろなケースがありますけれども、だいたいは「ううん。もういい。」と返ってくるのです。なんとなくイメージが湧くのではないでしょうか。

これは、子どもがこの一週間のうちにカブトムシに興味がなくなったのかというとそうではありません。カブトムシは相変わらず好き、けれども、捕りに行きたい気持ちが、一週間後まで続かないということなのです。「あのとき、あんなに言っていたのに、急にモチベーションが下がった。熱しやすく冷めやすいんです、うちの子。」なんて言う相談を僕もよく受けます。

この場合、スマートフォンのように、打てばすぐに答えが返ってくるスピード感で生きている時代の子どもたちにとって、一週間という時間は長すぎたのです。大人の皆さんも、スマホで検索をするときに、4〜5秒待たされただけで、イライラしてくるのではないでしょうか。

でも、「カブトムシを捕りに行きたい。」と提案してきたということは、コレクション魂なのか、触ってみたいという感情なのか、友達にすごいなって言ってもらいたいのか、何かしらの捕りたい動機、欲しい感情が動いていたはずです。

今の時代、その感情はスマートフォンのようなテクノロジーが即座に埋めてくれるのです。最近の子はデジタル機器のスピード感にずっと幼い頃から触れていますから、熱しやすく冷めやすいのも当たり前のことなんですね。

「好き!」への返し方のカギ、「スピード・ポジティブ・ハイテンション」

もう少し具体的に考えましょう。カブトムシ好きの子がいたら、保護者の皆さんは何と言うべきなのでしょうか?

子育てに答えは存在しないという前提で、あくまで小学校教育に長く関わってきた経験上のエピソードとして捉えていただきたいのですが、私が一番避けるべきと思っているのは、「カブトムシに興味を持てて偉いね。」というようにして、子どもを「評価」してしまうことです。やがて親に褒められるために、いろんなものを紹介するようになり、本末転倒です。

総じてこれまでは、子どものやる気の火を大人の都合のいいように移動させようとしてきたのではと思っています。

例えば、「そのカブトムシ好きの情熱をちょっとでも日々の学習に活かして欲しい。」とか、「せっかくだから理科や英語の学習に繋げたい。」と考えてしまう。とりわけ小学校高学年ぐらいから、受験勉強チック、ドリル学習チックな方へと、保護者が寄せてしまうように感じます。ですが実際は子どものモチベーションをコントロールすることは難しく、多くは失敗してしまうのです。

子どものやる気の火に大人が寄り添い、それを維持し続けることが大事です。ではどのようにすれば良いかというと、「カブトムシ?何それ面白そう!」とか、「どんなカブトムシがいるの?金色のカブトムシ?マジすげー!」みたいな感じで、子どもが興味を持っているものに対して、大人が子ども以上に興味を持つ、一緒に好きになるのが良いと思っています。

先生と生徒という関係性だから成立するという側面もあるかもしれませんが、ぜひご家庭でも試していただきたい取り組みを紹介します。

僕は子どもの「好き」という提案に対して、一言目にはもう「えー、すげー!面白い!」と言います。ちょっとダサい名前なのですが、「スピード・ポジティブ・ハイテンション・フィードバック」と言っています。

スピード、つまり、「ちょっとまた次の授業で聴くわ。」、「後で話そうね。」というようなことは極力言わずに、できるだけその場で対応しています。「子どものモチベーションは足がはやい」からです。

さらに、どんな些細なことでもポジティブに反応しています。例えば、僕が今教えている子どもの中に、ゴキブリが好きな子がいます。「ゴキブリが好き!」と言われると、身構えてしまう人が多いと思います。私もどちらかというと、ウッと思うタイプなのですが、それでも「ゴキブリが好きなの?何!超面白い!ゴキブリの何に興味があるの?」と聞いて、その話を聞いている間も、「すげー!」と相槌を打つような形で、どんなことに対してもポジティブに反応するようにしています。

スピード、ポジティブに加えて大事なもう1つの要素が「ハイテンション」でフィードバックするということです。「へえ、面白いね。それは素敵だね。」という冷静な返し方ではなく「えぇ!!マジ!?」というような感じです。

ハイテンションには、周りの子にも広げるという効用もあります。周りにお友達がいるような状況なら「えぇ!面白い!!」と言うと、周りの子どもたちも「先生がそんな反応しているから面白いんだ!」と思って「何?」と集まってくるのです。

そうしてゴキブリの話も「えぇ!面白い!すごい!」と返したら、別のある子が突然、ぽそっと「私、実は爬虫類が好きなんだ。」と言いました。「爬虫類好き」というのはなかなか言えなかったのだと思います。しかし「ゴキブリ好き」で盛り上がっている空気感になれば子どもたちも「君、爬虫類好きなの?何が?特に何が好きなの?」といった具合に興味がどんどん広がってくるのです。

学校ではこのように「スピード・ポジティブ・ハイテンション・フィードバック」に取り組んでいます。いろいろなことに興味関心を持つ子どもに育って欲しければ、周りの大人がいろいろなことに興味関心を持てる人間であり続けるべきだと思います。「大人が出す空気感こそ子どもが育つ環境」なのですから。

体験学習で土台となる力を低学年のうちに!

今回のセミナーで一番お伝えしたかったことに触れていきます。

学力というものを考えるときに、「考える力」とか「表現する力」というものをイメージされる方が多いのではと思います。

実際、このような力がこれからは一番大事だと言われていますが、プレゼンテーションやコミュニケーションなどに必要な表現する力は考える力という「土台の中の一部の力」なのです。

つまり、考える力が10だとすると、表現する力が11あることは無くて、考える力が10だったら表現する能力は10以下なのです。それが1の子もいれば、9の子もいます。少なくとも考える力以上に表現する能力が高い子はいません。

では、考える力の土台になっているのは何かというと「感じる力」です。「あー、花はきれいだなぁ。」と感じられるから、その次のステップとして、「なぜ花こんなに色がカラフルなんだろう。」と考えるわけです。つまり感じる能力がないと考える力は育たない。

さらに、感じる力を育てるためには「観る力」が大事です。観る力は触れるとか触るとかを含んだ、具体的な体験によって養われていきます。

観る→感じる→考える→表現する。この4ステップで学力を育てていくというのが、私が考えている教育の落としどころとして一番しっくりきているところです。

また、表現する力や考える力は高次的な処理になってくるので、高学年になってもできることです。しかし、これらの土台となる感じる力や観る力は、できるだけ小学校低学年のうちに鍛えておいた方がいいと思っています。

今回皆様にお伝えしたいことの結論としては…
・教育において体験型の学習が重視される。
・子どもが興味関心を持てる空気を周りの大人が作る。
・学力の一番の土台は観る力。五感を使った経験を低学年から。

上手く伝わったでしょうか。お子様の環境を考えるにあたって、以上を意識していただけたら良いと思っております。

正頭先生ありがとうございました。

次回の記事では、実際に保護者の皆様から寄せられた質問に対する、正頭先生のコメントを紹介していきます。こちらも是非ご一読ください。

今後も受験研究社では、ご家庭での学びに役立つ情報の発信、学びにまつわる疑問や悩みを考えるためのオンラインセミナーを開催予定です。是非チェックしてみてください!

⇨受験研究社のオンラインセミナーについてはこちら

最後に、今回のセミナーでも話題にあがった正頭先生の著書を紹介させていただきます。

関連書籍

世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書

詳しくはこちらから

連載記事一覧