【第1回】感性って何だ?松居辰則先生が語る感性情報科学の面白さとは

「感性を磨く」ことは大切なんてよく耳にしますが、「感性」って実際のところ何なのでしょうか?


今週からは新しい賢者の先生にインタビューをしていきます。


お話を伺うのは、早稲田大学人間科学学術院教授の松居 辰則先生です。


最近よく耳にするようになった「人工知能(AI)」のトピックも絡めながら、4回のインタビューを通じて「感性」というものについて松居先生のお話をお聞きしてみようと思います。


よく使う言葉ですが、意外と明確なイメージが湧かないこの「感性」という言葉の奥深さを皆さんにお伝えしていければと思います。


それでは、松居先生よろしくお願いいたします。

■ 「感性情報科学」とは?


まずは、松居先生の専門分野についてお聞きしてみようと思います。


manaviにおける先生の賢者理念は「人間の不思議を『感性』から紐解く」となっています。


私たちは日常生活で何気なく「感性が違う」「感性が豊かだ」なんて言葉を用いていますが、「感性」という言葉の意味を深く考えたことって実はないのではないかと思います。


そういう点でも、今回「感性」について研究されているという松居先生のお話には非常に興味が湧きますね。


松居先生の専門分野について、教えてください。普段はどのような研究をされているのですか?

大きなくくりでは「人工知能」です。その中でも人間の「感性」を対象にした「感性情報科学」と呼ばれる領域です。

続きはコチラ


知能といっても、それが何かというのは難しいですね。

我々研究者は知能をざっくりと「知性」「感性」に分けているんですね。

知性というと、英語や数学と言った教科などで我々が「知識」として知っているものや、「知識」を、どのように世の中で使っているのか、ということを扱います。

私たちはそうやって生きているので、誰もが知性を持っていることは間違いありません。

その一方で、私たち人間にとって「どう感じるか」ということは、実はもっと大切なのです。それを我々は「感性」と呼んでいます。

朝起きた時に、何から始まるかと言うと、「ああ、ちょっと調子が悪いなあ」などの感性から一日が始まるわけです。

受験の時なども、問題を見た時に最初に「ああ、難しそうだなあ」「これは解けそうだな」という感覚(感性)がありますよね。

そして、その後で私たちは「どうやって解くか」という知性を使い始めます。

この「感性」を理解することは非常に難しいわけです。捉えどころがないですから。

例えば算数の問題を解こうと思ったら、だいたいこれくらいの知識があれば解けるよね、ということが分かります。つまり、知識の定着が測れるわけです。

ところが感性の場合には人によってちがいがあります。同じ景色を見ても感じ方が違うということは良くありますね。

知性は、同じ知識があれば同じような結論を出せることが多いですね。でも、感性はそうはいかない。

そんな人間のも持つ「感性」というものを知りたいと思っています。

感性を測るための項目はどんなものがあるのか、測る指標(ものさし)はどのようになるのか、などを考えています。

その方法としては、認知科学の手法や脳神経科学の知見も利用しています。


確かに言われてみると、私たちはいつも「感性」という言葉をすごくふわっとしたイメージで使ってますよね。


こうして「知性」「感性」という言葉を比較しながら考えてみると、人工知能(AI)に「感性」を持たせることが難しい理由が何となく見えてきますね。



人工知能(AI)が得意としているのは、膨大なビッグデータを活用した言わば「知性」的な活動です。


manaviでもインタビューにお答えいただいた理化学研究所の美添先生のインタビューの中でAI囲碁の話が登場しましたが、これも膨大なビッグデータ(16万人の囲碁対局のデータとも言われる)をベースにして学習させて作られたものでした。


しかし、人間の活動には必ず「知性」だけでなく「感性」が関わってきます。


私たちは日常生活の中で無意識的にこの「感性」を行使していますし、「感性」松居先生も仰る通りで人によって異なります。


そういった掴みどころのない概念を手探りで探し求めていくという先生の研究は何だかミステリアスで興味深いです。


■ 「感性情報科学」の魅力や面白さって?


先ほどの質問の中で先生のご専門が「感性情報科学」であるということが分かりました。


次に、松居先生がご自身の研究のどんなところに魅力や面白さを見出しているのかをお聞きできればと思います。


「感性情報科学」の面白さを一言でいうと?

「分からないから面白い!」ということですね。これこそが研究の面白さだと思います。

続きはコチラ


研究者っていうのは、「わかる」と言いますか、ある程度の結論が出た時には満足感が出るんですけれども、わからないものへの追求の方がもっと面白く感じるものなんです。

感性というのは、とらえどころがない。追求しても分からないことばかり。逆にいうと、少しでもわかることがあると、それもとても嬉しいんですね。

命あるものには、すべて感性が備わっています。何かを感じているわけです。犬でも、ネコでも、ある意味では植物も感性を持っていると言えるでしょう。

でも、人間は圧倒的に感性を強くも持っている。他の動物とは全くちがいますよね。

ですから、進化のプロセスから見ても、感性を持っているということが人間と他の生き物との差をつくっていることは間違いないですね。

とても大きなことを言うと、感性というものを知るということは、人間の起源への探究に通じることになると思います。

つまり感性を知ることは人間を知るということだと。

少なくとも、どうしてこんなに差がついているのか、ということを探究することで分かることがあるのです。

人間が進化した要因として「道具」を持ったということが言われています。道具を持つと人間はその「機能」を求めます。

例えばナイフであれば「もっとよく切れるように」とか、槍であれば「もっと遠くへ飛ぶように」という具合です。

それらを追求していくと、だんだんその道具が洗練されていきます。すると、今までの道具とは違うということに対して感覚が研ぎ澄まされて行きます。

これが道具に対する美的な感性の始まりとも言われているんです。

まとめると、「感性情報科学」には、感じるということが人間の進化の鍵を握っているという壮大な面白さもありますし、分からないから追求する楽しさがあるという研究者としての面白さもあります。


なるほど。感性を知ることが人間の起源を知ることになる。すごく壮大でロマンがありますね・・・。


実は「感性」という言葉は学習指導要領の中に、子どもたちが育むべきものとして長らく明記されていました。


文部科学省が広報を通じて発表した新学習指導要領に向けての発表の中にもこのような形で「感性」という言葉が登場しています。


このような時代だからこそ、子供たちは、変化を前向きに受け止め、社会や人生を、人間ならではの感性を働かせてより豊かなものにしていくことが期待されています。いかに進化した人工知能でも、それが行っているのは与えられた目的の中での処理ですが、人間は、感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え出すことができます。このために必要な力を成長の中で育んでいるのが、人間の学習です。文部科学省:次期学習指導要領等へ向けて

そういう意味でも、まだまだAIでも再現することが難しい人間の「感性」というものは、人間らしさの1つの象徴ですよね。


そしてAIというものが、人間に対して知能的な活動の部分で優位性を持つようになってきたからこそ、私たちはこれから「感性」を一層磨いていく必要があるのです。


松居先生が仰るように「感性」を研究することで人間をより深く理解することができ、その解明がこれからの人間の進化の方向を左右するのかもしれませんね。

■ すべての学問は相互に結合し、互いに他に依存している


ここまで「感性情報科学」の概要や魅力についてお話していただきました。


第1回記事の最後に、「感性情報科学」が関連分野とどのようにリンクしていて、逆にどう異なっているのか?などについてもお聞きしてみようと思います。


関連する分野との、似ているところ・違うところを教えてください。

感性情報科学は新しい学問なので、古くからある心理学や認知科学が基礎となっていますね。

続きはコチラ


新しい学問をする際には、やはり古くからある学問領域も知っておかなければならないと思います。

感性情報科学に興味があるのであれば、やはり心理学・認知科学は知っておくべきですね。

一方で、我々はより科学的なアプローチをしたいと考えています。

できれば、コンピュータにも人間のも持つ「感性」を与えてみたい。

広くは私の専門は人工知能なんですけれども、ゆくゆくはロボットにも人間の感性を扱えるようにしたい。ロボットと人間が感性・感情で通じ合えるようなことを目指してみたい。

ですから、我々は、コンピュータ科学工学や情報科学、そしてその最も基礎となる数学というものも知っておかなければならないわけです。

非常に学際的な領域ですから、関わる学問も多岐にわたります。感性情報科学も、いきなりポンっと現れたわけではありません。

いろいろが学問や手法を使いながら、人間の感性に何とかアプローチしようとしているのです。


感性情報科学も過去の様々な研究分野が関連し合って、その中で生まれた学問なんですね。


デカルト『精神指導の規則』の中で「すべての学問は相互に結合し、互いに他に依存している」と述べましたが、松居先生のこのお話もまさしくそのことを言い表しているように思えます。


これは学校の勉強に置き換えてみても実は同じことが言えるのではないかと思います。


例えば「数学」「国語」「英語」は一見すると別々の学問ですが、「論理的思考力」という観点で見ると、そこにはつながりを見出すことができます。


それぞれに求められる論理的思考力に微細な差異はあるでしょう。


「数学」では、論理的に考えて、得た情報や公式を組み合わせて解答を導き出します。「国語」や「英語」では文章を読みながら論理的思考力を用いて読解していくことで、文章の構造を正確に把握することができます。


もちろん「国語」や「英語」に関して言うならば、自分が文章を書いたり、意見を発話したりする際の「論理性」にもつながってきます。


松居先生は感性情報科学がコンピュータ科学工学や情報科学、数学などさまざまな学問とリンクして成立しているものであると述べていました。


それと同じように子どもたちが学校で学ぶ教科も、表面的には別々のものに見えますが、根底では密接に関わり合っているのです。

■ 学びのヒント


松居先生、ありがとうございました。


今回の先生のお話の「学びのヒント」としては以下の2つが挙げられると思います。


学びのヒント

(1)人工知能の発達が目覚ましいからこそ「感性」の重要度が高まっている
(2)学問は相互に結びついている


私たちはどんどんと人工知能に取って代わられていくという悲観的なニュースもありますが、それを憂うよりも人間にしかできないことを追求していく必要があります。


その1つが松居先生の研究されている「感性」でもあります。


また、学問とはそれぞれが単独で存在するものではなく、有機的に関わり合って存在しているものです。


そのため何か1つの分野・学問だけを知っていれば良いということは、どんな教科学習でも、どんな研究でもありえません。


私たちは学問というものが根底では相互に結びついていることを理解しつつ、バランスよく多様な「学び」を得ていく必要があります。


この点も、お子様の「学び」を考える上で1つ重要なヒントになるのではないでしょうか。

■ おすすめの本


今回の記事に関連したおすすめの参考書・問題集をご紹介させていただきます。


関連書籍

天才脳ドリル 数量感覚

○数を量として認識する数量感覚をもつことができるようになると,さまざまな計算にイメージをもって取り組むことができ,正確になっていきます。

〇数量感覚を獲得すると,難しい問題に出会っても,途中の計算ではなく,思考することに集中できるようになります。

詳しくはこちらから


数量感覚には,①量感(数を量としてイメージする感覚),②分数感覚(分数を量としてイメージする感覚),③数列や規則をイメージする能力(順にならんだ数の規則を見つける),④数のセンス(数の分解・合成能力) があるとされています。


そういった数を量としてとらえる「感覚」を磨くことで数字に強くなっていくということを目標として作られたのが『天才脳ドリル 数量感覚』シリーズです。


計算をもっと早くできるようになりたいというお子様にはぜひおすすめしたい1冊となっております。

今回の賢者

松居 辰則

早稲田大学人間科学学術院教授
早稲田大学理工学部(数学科)卒業、同大学院博士後期課程修了(博士(理学))
寺田文行ほか共著『情報数学の基礎――暗号・符号・データベース・ネットワーク・CG』サイエンス社、1999年。
稲葉晶子ほか共著『インターネット時代の教育情報工学2――ニュー・テクノロジー編』森北出版、2001年。
人工知能学会編『人工知能学大事典』共立出版、2017年。

松居先生の詳しい情報はこちらから

連載記事一覧